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2010年2月21日礼拝メッセージ『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして神を愛する』

マルコ12:28〜34

イエス様は、心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くしてあなたの神である主を愛せよ。と語られました。
神様は私達が神様を愛するために人間を創造されました。
神様を愛するように創造のはじめに、この目的のために造られました。
天を創造され、手の上に置かれている三位一体の神様は、究極の愛のお方です。

私たちは、イエス様が示された愛を追求して、人間として正しい役割を果たすことが出来ます。
私たちは、神様の愛を追い求め、実現していく者です。
あなたの内側に住まわれている聖霊様と共に求めていくのです。聖霊様なしにはこの霊の領域に入ることも出来ません。主の臨在の中で自分が人間として本来ある姿になっていくことが出来ます。

アーメン


霊的礼拝における霊的賛美が、敵を後退させる武器であることを私たちは学び、訓練をしています。
今日は、5歳の誉史亜君がドラムを使って賛美に参加しました。これは訓練です。若い世代に継承していくことは、教会として重要なことです。
子供の世代に精錬することの重要性を牧師は知りました。
子供でも、訓練を重ねる中で臨在を運ぶ人になれます。


聖霊様が礼拝の主権者です。
聖霊様がこの礼拝で何を示しているのかを理解しようとしますと、毎週、毎週聖霊様の動きは違うことが分ります。何故なら、あなたの今週の歩みは先週の歩みとは違っているはずですから、その必要を知っている主が、今日あなたに必要な霊を注ぐのです。ですから、霊の動きを素早くキャッチ出来るようになりますと、物事の動きがわかるのです。
教会が臨在に満ちなければ、世に光を灯すことが出来ません。それ程に礼拝賛美は重要です。


霊的賛美をするためには、イエス様が語られた二つの戒めを身につけることであることを先週学びました。今日は、この御言葉を詳しく伝えます。

アーメン

第一番目、心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして神である主を愛すること。
第二番目、あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。

この二つです。

今日は、第一番目の御言葉を伝えます。

本文をみなで読みます。
マルコ12:28〜34

28:律法学者が一人来て、その議論を聞いていたが、イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番大切ですか。」
29、イエスは答えられた。「一番大切なのはこれです。『イスラエルよ。聞け。私の神である主は、唯一の主である。
30、心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
31、次にこれです。『あなた隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事なことはほかにありません。
32、そこで、その律法学者は、イエスに言った。「先生。その通りです。『主は唯一であって、そのほかに、主はない。と言われたのは、まさにその通りです。
33、また、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛する。』ことはどんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています。
34、イエスは、彼が賢い返事をしたのを見て、言われた。『あなたは神の国から遠くない。』それから後は、誰もイエスにあえて尋ねる者がなかった。


律法学者はいわばイエス様を試す目的で質問したのです。
イエスという男は、どう答えるか。その答えいかんによれば攻撃の材料がまた増える。そういう魂胆があったのです。

イエス様は律法に精通されていましたので、イエス様は、この御言葉を引用されて答えたのです。

申命記6章4〜5節の御言葉から答えました。を開いてください。
4、聞きなさい。イスラエルよ。主は私たちの神。主はただひとりである。
5、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

「主はただ一人である。」イエス様が生きていた背景は、ヘブライズムの世界観の中にありました。ヘブライズムは「主はただ一人」これが生活の基本であり、すべての物事はこの基本から離れることはありません。

ヘブライ文化です。私たちは、日本の文化の上に生きていますが、全世界の人々は「主は一人である」という文化を受け入れる必要があることを知ってください。

アーメン

聖書で「第一番目」という言葉は、「最も重要」という意味です。
最も重要な、第一番目ですから、二番目にしては決していけないのです。

第一番目 ― 心を尽くして神様を愛する。

最も重要な戒め。
何よりも大切な戒めです。神様の心に何よりも影響を与えるものです。そして、すべての人々に影響を与えるものです。

この最初の戒めがあなたの霊の中にあるならば、あなたは影響力のある人。イエス様の似姿を追い求めている人です。みなさんは臨在の中にいます。よく分らないかも知れない部分もあると思いますが、ここに臨在があります。

先週の木曜に東京福音リバイバル聖会で御一緒で、中国伝道にも一緒に行った福田広司先生の教会に行って来ました。先生の教会は、日本本土でのチャーチスクールの草分けのような教会で、息子さんである福田誠先生がオーストラリアのヒルソングの教会に留学して、この教会がチャーチスクールで先生は学び、日本に帰って来て始められました。
3歳の子から高校3年までの子ども達が礼拝をしていました。高校生かリーダーになって、中学生たちが礼拝を導いていたのですが、すごい臨在があったのです。驚きました。教会が学校。60名いるそうです。建物内部は水道管とかパイプがむき出しになっていて、壁は子ども達が塗って、自分たちで作り上げていました。
毎日、礼拝から始まり、聖書の授業があって、毎日、御言葉の中にいる生徒たちでした。本人たちは臨在が当たり前の中にいますから、特別に感じないと思いますが、きっと、聖霊様を歓迎しないで臨在が分らない教会へ行ったなら、これは違うとすぐに分るでしょう。
それ程にすごい場面を見て来ました。

愛するみなさん。

聖霊様を求めてください。
聖霊様の臨在を肌で分ろうと祈ってください。
聖霊様の臨在がない礼拝はむなしいのです。
そこには力がありません。
讃美歌を歌っているだけです。
礼拝賛美が霊的賛美になるためには、聖霊様の臨在が絶対に必要なのです聖霊様に来ていただいて霊的礼拝になります。聖霊様来てください!と申し上げるだけです。
聖霊様。あなたを歓迎します。ここに来てください。
私の心を満たしてください。
と聖霊様に語れば、すぐに来ます。
聖霊様は求める者に必ず臨まれます。


ハレルヤ。

心を尽くすのです。私の一部ではありません。私の全存在をかけてとイエス様はおっしゃっているのです。

あなたは、イエス様に最大の召命に預かることが出来ます。
あなたはそういう人です。
そういう存在者です。

あなたは、神の御国においては有名人です。
神の御国においては、自分が考える以上に重要な人です。
何故ならば、あなた自身が神の御国だからです。
神の御国においては、あなたは「器」です。
聖霊様は、あなたを「器」と呼んでおられます。

心を尽くして愛する。
あなたの感情を、神様を愛するということに心を定め、神様を愛することにあなたの感情を結びつけてください。

義務ではありません。義務以上です。

私達の心が神様に向いているならば、聖霊様が必ず理解出来て、体で分ります。求め続けなさいとイエス様はおっしゃいました。

求めさない。探しなさい。見つけなさい。そうすれば与えられるという御言葉を信じて歩むのです。

アーメン

神様を愛する感情をどのように育てるのですか。

時間を必要とします。時間がかかっていいのですから安心してください。
霊的速度があります。簡単なこと。単純なことです。
聖霊様は、あなたをよく知っています。自分以上に知っています。あなたの将来は、自分では分りませんが、聖霊様はご存じです。
みなさんは預言の世界を知っています。
預言の世界を信じるも者は特権中の特権者です。


アーメン
愛するみなさん。よく知ってください。

人生は決断です。人生は選択です。

私たちは、選択しながら生きています。
あなたが選択するすべてにものに、自分の感情を注ぎ込んでください。
神様を愛することを選択し、聖霊様があなたの心を変えてくださることを求めるのです。
人間は選択する自由を与えられています。
何を選択するかで人生は変わります。
神様の愛の中に生きることを選ぶか、そうでないか。であなたの人生は180度変わります。
あなたの心を感情を神様に向けるのです。
神様を愛すると決めるのです。
神様が何かを起こします。

アーメン

ダビデは、神様を愛すると自分で決めました。
神様を愛すると決心したのです。

詩編18:1
1、 彼はこう言った。
主は、わが力。私は、あなたを慕います。
「慕う」という言葉は「愛する」という意味です。

私たちの感情は、私たちの人生の中で重要で、大きな力を持っています。
ですから、神様は、私たちの人生の中でこの「感情の部分で愛されること」を望んでおられます。



第2番目 ― 知性を尽くして愛する。

知性は、愛する力を高めます。
知性ある人になることは人生を生きるために必要です。

科学者と医者は人間の知性は夜寝る時にも100パーセント働いていると言っています。知性が絵、映像を写し出していない時はなく、人は誰でも、その絵の1パーセント以下しか捕えていないで、それが「夢」で、人間は夜通し夢を見ていていると言われています。

私たちの知性は、「内面の映画のスクリーン」で、途切れることなく映像を写し出しますから、私たちの記憶を記録しておくカメラのようなものです。
神様の映像を描いて、神様を思い巡らすことに心を注ぐならば、神様はあなたの知性に新しい映像を見せてくださいます。

願い続けてください。


エペソ4章13〜14節を開いてください。
13、またあなたがたが心の霊において新しくされ、
14、真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきです。

13節の「心の霊」とは「知性」を指しています。
心を静かにして、内面生活、内面の在り方をあなたの心を新しくされることを言っています。

知性には霊がどれ程に働いているかを、パウロは語っています。

知性の中に正しいものを入れなさい。
知性が、神様に対する愛を示す領域であることを意識しなさい。
神様は、あなたを真理に基づいた、義と聖を持って神にかたどり造られたと。言っています。

アーメン

聖霊様のことをもっと知りたいならば、知性を働かせて、聖霊様の本を読むことをお勧めします。聖書をもっと知りたいならば、分りやすい本を紹介します。

みなさんは、一人一人違う本を牧師から言われて読まれていますね。それは知性を尽くして愛することを知るためです。

神様の真理を知るためには、知性を働けせなければありません。知性は無限の可能性を持っています。可能性は人間だけに与えられた特権なのです。
この特権をいかに使うか。いかに取り扱うかは、あなたの選択にかかっています。

神学校に金 げんしゅく牧師が教会論の講義する時があるのですが、この先生は、韓国で親分と言われていたそうです。
大きな教会で牧会しておられたそうです。先生は糖尿病を患い、心臓のバイパスが1本切れたら天に帰る身の方です。
先生の講義内容は、自分が失敗したこと、間違ったことを語ります。

謙遜であってください。私は謙遜ではなかった牧師でした。
誠実であってください。私は誠実ではなかった牧師でした。
正直であってください。私は正直な牧師ではありませんでした。

私は、バイパスが1本切れれば死にます。私が日本に来た理由は、自分の過ちを正直に語って伝えたいとおっしゃています。

知性にあふれた牧師ですが、自分の牧師人生を顧み、悔い改め続けています。
先生の講義は貴重な学びです。

人は失敗を語りたくありません。まして牧師ならば、真理を語る人ですから、多くの人々に霊的影響力を持つのですから、自分の失敗、間違いを語ることは勇気のいることです。
先生は言われます。自分は最後の人生の使命はこれです。と。

これぞ知性!!
これぞ知性を持って神様を愛する姿です。


ハレルヤ

3番目 ― 力を尽くして神を愛する。


力を尽くしてとは、私たちの与えられている資源を持って神様を愛することです。現実的な資産です。資源、現実的資産は、時間、お金、才能、言葉、体力を使って神様を愛することです。
教会に行くには時間を捧げています。
献金を捧げています。
才能を捧げています。
奉仕者だけが、捧げているのではありません。
みなさんは礼拝を捧げているのです。

これらを神様との関係のために使い、力を注ぐ時に神様は喜ばれます。
神様を愛することは、神様が一番喜ばれます。

あなたの時間を、お金を言葉を使って人々を励まし、慰め、建て上げることは、私たちの最も重要な働きです。


マタイ6章19〜21
19、自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこででは虫とさびで、傷物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。
20、自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。
21、あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。

アーメン

私は、説教でお金の話は、十一献金以外何も話しません。
献金はあなたの感謝の現れです。誰がいくら献金したかも牧師は知りません。
感謝なことがあったなら、感謝献金を捧げてください。

自分の宝を自分のためだけに使うならば、さびがついてしまいます。
悪魔があるものも奪っていきます。
捧げることは、霊的礼拝の大切な一部です。

アーメン

愛するみなさん。

神様を愛することが出来るように人々を励まし、人々をイエス様へ導くために力を用いた時、私たちは、イエス様を愛し、仕えることを決心しているのです。神様は、何倍にもして返してくださいます。
しかし、よく知ってください。
神様のタイミングがあって、そのタイミングは私達には分りません。
神様の方法でなさいます。

自分の世界を築くよりも、他の人々の領域を築くことに熱心であってください。

天に宝を蓄えるとはこういうことです。
あなたの宝のあるところに心もある。とイエス様が語られた言葉を受け止めて人生を生きるなら、それこそ、さびのついていない宝をあなた自身が備えたのです。

アーメン

第四番目 ― 思いを尽くして愛する

私たちのアイデンティティーを、神との関係に基づいて築くことに心を注ぐことです。

私たちは、一つの働きをすると達成感のようなものを感じるのです。
他人に評価されるならなおさら感じるでしょう。悪いことではありません。

私たちが知りたいことは、イエス様の似姿になっていく、そういう人生を歩むことです。

こういう話を聞きました。
イエス様はどこの国で生まれましたか?と質問しました。
アメリカ人と答えました。
この方は真面目にそう思っていました。
また、ある方は、イエス様が十字架に架けられた時に、肉が裂け、血を大量に流されました。イエス様は神の子だから、痛くなかったのだという話しも聞きました。

この方がアメリカ人と答えたのには、それなりの理由があるのです。日本の教会はアメリカ人の宣教師によって植え付けられたのです。ミッション・スクールはそういう器達の信仰の結晶です。感謝してもしきれるものではありませんが、日本の国にキリスト教という名前は土着しましたが、イエス様が土着していなかったのです。

イエス様を良く知らなければなりません。

イエス様は誰よりの神と人に仕えたお方ですが、人間であったのです。神様は、私たちと寸分変わらない姿で地上に遣わされました。

イバラの冠をかぶせられたら、悲鳴を上げる痛みだったのです。
むち打たれれば、足は痛み、動かなくなります。
釘で手足を打ちこまれたらどのようになるのですか。普通の感覚では想像出来することも出来ません。
ゴルゴダの丘まで、十字架を背負ってピアドロローサの坂の階段を上る時は、歩く力さえほとんど失っていたのです。
そこまでイエス様は苦しみの道を通られました。

この苦しみを負うことが、父なる神様の御心でした。
誰のために。
私の罪の赦しのために、私の罪を肩代わりするために、私の罪の身代わりとなってくださった。
これが神様の御心でした。

私の罪のすべてを、私に負わせないで死なれた。それがイエス様です。


神様は霊の目をあなたに与えています。
聖霊様遣わされています。聖霊様なしの生活は空しいのです。
霊の目で見るならば、私がいかに罪深い存在であるかを知ります。
そんな愚かな人間誰でも、イエス様を受け入れるだけで救われるのです。罪赦されるのです。
イエス様は永遠の命をあなたに与えために死なれました。

信じる者は救われます。

ですから、
私の思いが、世の価値においているかを見直さなければいけません。
でも達成感のようなものに、喜んだり、落ち込んだりすることは間違いです。


イエス様は、弟子たちの足を洗いました。
愛と謙遜を生きたのです。
愛と謙遜は父なる神様の御心です。

イエス様は、神様を愛することの最高の模範です。
愛と謙遜を生きることの最高の模範です。

ピリピ2:6〜8
6、キリストは、神の御姿であられる方なのに、神の在り方を捨てることが出来ないと考えないで、
7、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
8、キリストは人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまで従われたのです。

アーメン

あなたの思いをイエス様すべてに置くならば、聖霊様の臨在はあなたのものです。
心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして神である主を愛する人になりことを追い求め、あなたの人生をここに定めることに喜びを見出す生き方を選び取るならば、聖霊様はあなたに何かを起こします。

単純になって聖霊様の臨在の中で主をほめたたえる礼拝だけを追い求めます。


この記事へのコメント
早く私も、ごいっしょに、礼拝したいです。みことば、感謝します。聖霊様の、導き祈ります。日々、子供の虐待が、ふえ、そのために、祈らされてます。幼い命が、まもられるよう、お祈りください。
Posted by 三浦 at 2010年04月03日 22:16
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