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2009年3月29日主日礼拝メッセージ ルカ5章1〜11

群集がイエス様に押し寄せました。神の言葉を聞きたいと思っていた人々です。真の神の言葉に飢え渇いていた人々です。
そこで、イエスはシモンに持っていた舟に乗ってガリラヤ湖の中に入って行き、岸辺で人々に教え始められた。
この様子から、六つの事柄を学びます。

第一番目
私たちの舟を神に差し出すこと。


イエスとペテロとの関係の中で第一番目にしたことは、イエス様に自分の舟を差し出したことです。

3節、イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群集に教えられた。

みなさん。
神様は最初から神の国の偉大な鍵を与えるわけではありません。

それは、ごく平凡なことを神に捧げることから始まります。
神様に自分の舟を差し出すと、神様は始めてくださいます。
皆さんがやっていることは、平凡なことかも知れませんがそこから始まります。

ここでイエス様は群集に神の言葉を教えようとしていました。

ペテロにとっては舟は日常生活のごく一部で、ありふれたことでありましたがここからイエス様との関わりを始めて行ったのです。また、舟はペテロにとっては命のような大切な貴重なものでした

モーセも一介の羊飼いでありましたが、燃える柴の木の中で神と出会い神に取り扱われて、モーセの歩みが始められて行きました。モーセは、ホレブの山の頂上で赤く火が燃えている事に気付いて、登って行きました。行くということは本当に当たり前な行動です。

私たちが犯しやすい、間違えやすいことは初めから偉大なことを求めすぎることであります。
神様が私を神の一部にしてくださるまで、じっと待つということは忍耐のいることです。神様があなたに計画を立てておられますが、神様の時は私の考えている時と違いますから、しばしば、待つことを求ます。



また、私たちは早く結論を出したいという欲求を持っています。しかし、神の時が来るまで待つことは本当に忍耐のいることなのですが、神様はあなたの忍耐を見ておられるのです。
ですから、私たちは、平凡な毎日の生活の中で自分が持っているものを神様に差し出すことを学ぶ必要があるのです。

エレミヤは、神様から預言者として神の言葉を語りなさいと言われた時、エレミヤは何と答えたのでしょうか。
『私は本当に若くてどう人々に語ったら良いか分かりません。私はささいな者です。』
と神に答えたのです。しかし、神様は全ての人々に私の言葉を語りなさい。恐れてはならない。と言われました。

聖書の歴史に残された偉大な預言者エレミヤの初めは、このような臆病と思えるような言葉から始まりました。


そして、エレミヤの口に神が触れて、エレミヤは新しい油注ぎを与えられました。

第一歩は、あなたの持っているありふれた平凡なものを神に差し出すことです。
平凡なものはまた、あなたの貴重なものです。
後は、神様が全て成してくださいます。

着実に踏み出す事によって、御国の鍵が与えられて行きます。
ごくあるふれた事から初めてください。

今私たちに託されていることは「忠実」になると言うことです

今、あなたが与えられている働きで、最高最善を尽くしてください。
皆さんは、仕事を持っていたり、子育てをしていたり、様々な形で生活しています。それはみな神の働きです。

また、問題が解決しない。そういう状況にあったら、なお。
神の御心がどこあるのかを捜して、最高の最善を尽くすことを求めて下さい。

昔、ネヘミヤがエルサレムを再建することを王様に言いました。
ネヘミヤは王の献酌官でありました。王様に忠実な者でありました。その忠実さのゆえに、王様はネヘミヤの話を聞き、心配をしてくれました。
ネヘミヤは王様の毎日の生活に忠実に仕えていたので、
エルサレムの城壁の再建の働きが出来るようになったのです。



象徴的ですが、皆さんのボート、舟を神に差し出して下さい。

皆さんはこれから、今までした事がなかったことを始めるのです。

臨在に飢え渇いている心に、神様は臨在で満たします。
空っぽの状態です。霊的戦いがあれば、必ずイエス様はやって来ます。


戦いがある所には、闇と戦っている所には聖霊様がやって来ます。
闇よ!引き下がれ! 引き下がれ! 退け!
私たちは宣言し続けるのです。


イエス様は必要がある所に。
戦いがある所に、
闇がある所に、
敵が皆さんが歩いている道に障害物を置く時に、イエス様はやって来ます。

イエス様は、あなたの飢え渇きを見たならば、奇跡を行なわれるのです。

あなたが置かれている現在の状況ばかりに目を留めないで、未来の自分の姿を見て下さい。神様から祝福され、用いられている姿を描いて下さい。



皆さん。クリスチャンで最悪な時期とはどういう時期でしょうか。
自分はもう備えられている。もうこれ以上いらない。私は満たされている。
と言う時です


戦いの中にあると、困難と戦っている最中に神様を呼び求める人が最高の状態なのです。
皆さんは、満杯の状態で今日教会に来ませんでしたね。
空っぽの器だけを神様は油を注いで下さいます。



使徒16:25〜31

真夜中の12時に彼らはパウロとシラスは礼拝を始めました。
今は11時30分ですが、霊的には真夜中の12時です


礼拝の時がやって来ました。今、礼拝の最中です。ハレルヤ!
この礼拝は神に栄光を帰す礼拝です。アーメンですか。

霊的礼拝をする所には、神は霊の地震を起こします。
それはまず、あなたの心を揺り動かす地震です。


多くの束縛を打ち破る地震であります。

先祖の呪いを打ち砕く地震であります。

皆さんの未来を明らかにする地震であります。

勝利の未来がやってきます。

今は、霊的12時です

神に栄光を帰する時がやって来ました。
聖霊様を喜ばせ、感動を与える時がやって来ました。

神の大いなる油注ぎです。

この油は、皆さんの心の空洞を埋めるだけではありません。
神の揺さぶりだけではありません。
満足感でもありません。

賛美し神様に感動を与えるのです。


パウロとシラスが獄中にいた時、
その前の一日は、奇跡で始まり、その後彼らは色々な体験をしました。
そして、奇跡と喜びの中で裁判の時がやって来て、迫害もやって来て、獄中の生活の時がやって来て、それは非常に孤独な時でありました。
時間が経って夜中の12時になりました。

パウロがシラスに言ったのか、シラスがパウロに言ったのか分かりませんが、賛美の時がやって来て、2人は礼拝を始めたのです。

天が開いて、地が揺れ動いて、具体的に地震となって地は揺れ動きました。

すると何が起こったのでしょうか。
26、ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺り動き、たちまとびらが全部あいて、みなの鎖が解かれてしまった。

霊の世界での地震であり、自然界での地震でもあります。

27、目をさました看守は、見ると、牢のとびらが空いているので、囚人たちは逃げてしまったと思い、剣を抜いて自殺しようとした。

看守はこの光景を見た瞬間、自分が責任を問われ殺されること恐れたのです。

28、そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちは、みなここにいる。」と叫んだ。
29、看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスと前に震えながら、ひれ伏した。
30、「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言った。
31、二人は、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。
アーメン



私たちの教会にも霊的地震がやって来ます。
今は小さな教会ですが、やがて偉大な神の時がやって来て、何千人、何万人もの人々が来ます。
私たちの教会は日本全国にインパクトを与え、揺り動かす教会になります。

こんなことを言ったら、人々はあの牧師は気が狂ったと言うでしょう。
ハレルヤ!

『救われるためには、何をしなければなりませんか。』

『主イエスを信じなさい。』『そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。』

この看守は『自分自身を神様に差し出し他のです。』




ペテロは自分の持っている舟をイエス様に差し出しました。


これらの出来事の中で大切な事は。
自分が持っているものをイエス様に差し出すということであります。

それは皆さんにとって何を指しているでしょうか。

自分の最も貴重な物を差し出してください。

主よ、これはあなたのものです。用いてください。奇跡を起こしてください。
あなたは、私には考えられないような形で成して下さることを信じています。ですから、私は主よ、あなたに私の全てを差し出します。

1、 自分自身を差し出すこと。
2、 神様に献金を差し出すこと。です。喜んでです。献金は神様の働きのために使われるものです。

間違わないで下さい。献金は牧師がいただくのではありません。
多くの貧しい、食べるものを事欠いている人々のために用いられます。そして、教会が神の教会として働き続けるために用いられます。



第二番目
自分の宝を隠さないことです。


皆さんが教会に来たのは、感情的に危機状態がったからしょうか。
大きな問題の中で疲れたからでしょうか。

ペテロは落胆していたのです。昨日一生懸命働いたのに魚一匹取れなくて落胆していたのです。

皆さんもペテロと同じ心境でしょうか。
でも神様は言われます。
網をしまわないで下さい。
あなたの網を隠さないで下さい。
神様には出来ないと思いこまないで下さい。
ガリラヤ湖の底に隠されている祝福があります。

第三番目
深みへ漕ぎ出して行きなさい。

4、話が終わると、シモンに、「深みへ漕ぎ出して、網を下ろして魚を取りなさい。」と言われた。

言い換えれば、中途半端で終わらないで下さい。という事です。
神の働きにめげないで、途中で投げ出さないで下さい。
多くの場合情熱を持って期待に持って神の働きを始めます。
すぐに良い収穫が来ると思います。

皆さん一人一人がこの方法でやろうと思うことも、この方法ならば偉大な収穫をもたらすと思いがちなのですが、神様の思いと私の思いが一致した時に事は成ることを忘れないでください。
すぐに落胆してはいけません。


私たちは宣言します。
ヨハネ1:5
5、光は闇の中に輝いている、闇はこれに打ち勝たなかった。

忍耐して網を深みへ投げなさい。

第四番目
具体的に網を湖に投げてください。

5、するとシモンが答えて言った。先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つ取れませんでした。でもお言葉通り、網を下ろしてみましょう。
6、そして、その通りにすると、沢山の魚が入り、網は破れそうになった。


皆さんの網を具体的に湖に放り出して下さい。
どのように具体的にするのか。
神様の啓示によって。
神様はそれらの具体的な事を通して、ご自身がいることを証明されます。


野原則直さんが入院しています。毎週2回病院に行っています。
お会いすると、イエスの名によって癌の霊よ。出て行け!癌よ。出て行け!
お前をイエスの名で叱りつける。この体は神の神殿、聖霊の宮。お前のいる所ではない。お前のいる所は地の底だ。出て行け!

私には金銀はないが、私にあるものを上げよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい!!
さあ!立ち上がりなさい!!

このように『宣言』しています。

T列王記18:1〜46

1、 雨が降らず飢饉の状況にある中で、神は、エリヤに、私はこの地に雨を降らせよう。と語られて。


エリヤは火が下って来ることから始めました。
エリヤはまず祭壇を築くことから神を求めたのです

エリヤはそのために水を流しました。祭壇を築いてその周りに水4度も流しました。当時、水のない時代、水の飢饉の時代にエリヤは、努力して水を集めたのです。
もう3年間イスラエル地には雨が降っていませんでした。
そして、当時の人たちにとっては水は命を意味していました。

水を求めて来て、祭壇に水を流したことは、エリヤが「神様に全てを任せている」ことを意味しています。


エリヤは努力して、全て成すべき事をした。

民も神の前で貴重な水を神に差し出したのです。それには大きな勇気が必要でした。

信仰なきもの達はどのように思ったのでしょうか。もったいない、エリヤは何をするともりなんだ。と言う人々もいたことでしょう。

貴重な水をしかも、4度も流してしまった。

ザーと流した。

すると炎がやって来たのです。驚くべき神のしるしが現されました。

しかしもっと偉大なことが起こったのです。

カルメル山の山頂に起こった炎が下って、民に触れ、民は主だけが神であることに気付いたのです


そして、アハブに登って行ってお祝いの食事をしなさい、激しい雨の音がするから。と言ったのです。これはエリヤが祝福をしたことを意味します。

エリヤはこの出来事が起きて、さらに頂上に登り、地にひざまづいて自分の顔を膝の間にうずめて祈りました。

アハブと若い者たちに海の向こうから何かが見えるかと、7回も行かせたのです。
44、七度目に彼は、「あれ。人の手のひらほどの小さな雲が海から上っています。」と言った。それでエリヤは言った。「上って行って、アハブに言いなさい。『大雨に閉じ込められないうちに、車を整えて下って行きなさい。』
45、しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、アハブは車に乗ってイズレエルへ行った。
46、主の手がエリヤの上に下ったので、彼は腰をからげてイズレエルの入口間でアハブの前を走って行った。

エリヤは祭壇に大量の水を注いで、最も貴重な水を惜しみなく流し、神様はその何十倍、何百倍、何千倍の大雨で答えて下さいました。

神様は私たちの最も貴重なものを差し出す時、神様はそれに答えて、その何十倍、何百倍、何千倍の祝福を持って返して下さいます。

神様はそういうお方です。


皆さんが持っているものを神様に差し出しましょう。

皆さんの祈りの祭壇を再建しましょう。

エリヤはもっともっとと求める人物でした。

火が下っただけでは満足しなかった。大雨が来るまで膝の間に顔を伏せて祈ったのです。
今に満足して家に帰ってはいけません。自分には最も必要な事がある。このために私は求める。膝の間に顔を伏せてもそれが欲しいのだ。

この飢え渇きを神は求めています。

あなた自身の事だけではない、日本の国がクリスチャンの国になるためには、リバイバルが必要です。
日本に大雨が降ります。
もっと大雨が、祝福の大雨が来ます。

そのためには、私たちは自分の持っている最も貴重なものを神に捧げるのです。

信仰を持って網を投げて下さい。

あとは、神様に任せます。神様は最善の方法で成して下さいます。

第五番目
周りの人々に援助を求めて下さい。

7、そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けて来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟一杯に上げたところ、二そうとも沈みそうになった。

第六番目
自分自身を裁かないで下さい。
自分自身で自己評価しないで下さい。

8、これを見たシモン・ペテロは、イエスの足元にひれ伏して、「主よ。私のような者から離れて下さい。私は罪深い人間ですから。」と言った。

ペテロはイエス様、私は、あなたの働きをするにはふさわしくありません。主よ。あなたは素晴らしいお方です。しかし、私にはそのような働きは無理です。準備出来ていません。

多くの人々は、心の底に劣等感を持っています。
過去の心の傷を背負って、トラウマのようになってしまい、自らを過小評価する傾向を持っています。

今日の社会は競争の激しい社会です。
競争が激しいと、心に傷を受けやすいです。
常に、自分自身を他人と評価することによって、自分自身をどんどん下げていってしまいます。


神の前に立って、神が評価しているにもかかわらず、神の前でじぶんで自分を自己評価しています。

神様はかまわないと「私があなたを選んだ」とおっしゃっています。


「選んだ」の意味は→ある人が宝石店へ行ってある宝石を選びました。金であればこれは大事にします。神様も同じようにあなたを大事にしておられるのです。

「選んだ」とは「神が大事にしている」という意味であります

神の前で自分を否定しないで下さい。私の働きはあまりにも小さすぎると勝手に自己評価をしないで下さい。

このように祈って下さい。
私は神様の前で値しない者であることは分かっています。けれども感謝します。それにも関わらず、あなたは私を高価で尊いとおっしゃって下さっていますから、大いに私を用いて下さい。
あなたが私の人生に成したいことを成して下さい。
私は、あなたの計画の中で動いていることを信じます。
あなたは、私が創造出来ないご計画を持っておられます。


第7番目
人間を取る漁師になります。


教会は教団や教会組織の利益を第一に考えて働くのではありません。
教会は所有者なる主の利益だけを考えて働きます。
絶えずイエス様のこと考え。
神の国のために祈るなら。私たちは神の家を建て上げていることになります。
ほかの信じる人たちと共に集い。
励まし合い。
家庭の中心にイエス様を迎え。
御霊の実を成長させるなら、
神の家を建て上げているのです。
聖書を深く掘り下げ、イエス様を熱く愛し、時間とお金と労力をキリストの体の一部である教会に捧げるなら、教会は健全に成長しているのです。

この記事へのコメント
アーメン!
励ましのメッセージ感謝します。
音声でのメッセージも聞いてみたいです。
栄光在主
Posted by ハレルヤ at 2009年04月14日 11:17
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